「参考」と「盗用」のあいだで — トレパク疑惑とイラスト業界のゆらぎ

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「これは“模写”です」

そう言い張ることで、どこまでが許され、どこからが許されなくなるのか。

イラスト業界でまたひとつ、大きな波紋が広がっている。

ある著名なイラストレーターが、SNSに投稿された人物写真を無断で参考にし、企業のキャンペーンビジュアルに使用していたことが発覚。

その後も過去作品に類似の構図やポーズを持つ“元ネタ”が次々に指摘され、「トレパク」疑惑として拡散された。

今回の件では、イラストを起用していた複数の企業が相次いで対応を発表。「制作過程に問題があった」としてビジュアルを一時的に撤去したり、確認作業に入ったことを表明した。


ここには、「創作」と「流用」のあいだの揺らぎがある。

とりわけSNS時代においては、「流れてきた」「いい構図だった」「綺麗だったからつい」といった曖昧な動機が、プロの倫理をすり抜けることがある。

心理学的には「同一化」や「投影」といったメカニズムが背景にあることもある。

つまり、誰かの作品や姿に“自分らしさ”を見出し、それを無意識に取り込もうとする動きだ。

だが、商業の場においてその行為が許されるには、著作権や肖像権といった法的枠組みをくぐり抜ける必要がある。

たとえ「参考にしただけ」と主張しても、その元画像の持ち主が不快に感じれば問題になる。

そして実際、今回はそれが発端となっている。


では、どこからが“アウト”なのか?

その境界線が曖昧なままだったことが、この問題をここまで大きくした一因だろう。

2022年に起きた別の有名イラストレーターの類似炎上の際にも、「トレースとは?」「参考と模写の違いは?」という議論が沸き起こった。

だが、今回もまた、明確なガイドラインや共通認識が存在していないことが浮き彫りになった。


ここで問われているのは、単に「パクったかどうか」ではない。

クリエイターに求められる倫理、企業に求められるチェック体制、SNSでの創作物の扱い──そのすべてが、いま揺さぶられている。

「好きだから真似した」「リスペクトのつもりだった」という言葉の裏には、誰かの著作や肖像が“都合よく”扱われてしまう構造がある。

もしもその「リスペクト」が本物ならば、最初にすべきだったのは“断りを入れること”だったはずだ。


今回の一連の問題が、業界全体にとっての教訓になることを願う。

作品が多くの人の目に触れる時代だからこそ、創作の自由と、他者への敬意とのバランスを、今一度見直すべき時がきている。

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