定員オーバーの夜 — 若者たちの判断が命を分けた瞬間から考える

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「若さは無敵ではない」

そう痛感させられるような悲しい出来事が、また一つ報じられた。

ある地域の深夜、軽乗用車が道路脇の構造物に激突し、横転するという事故が発生。車内には定員を上回る若者たちが乗っており、複数の死傷者が出たと伝えられている。

報道によれば、現場となった道路は見通しの良い直線が続き、その先に急なカーブが待ち受ける構造だったという。夜間はスピードを出しやすい雰囲気のある場所で、同種の事故が過去にも起きているとの声もある。

事故車両は激しく損傷し、後部座席付近に強い衝撃が加わったとみられ、車体の形状は大きく歪んでいたという。

座席数を超える人数が乗っていたため、全員がシートベルトを着用していたとは考えにくく、その点も事故の被害拡大に影響した可能性がある。


私はこの報道に触れ、やるせなさと共に、既視感にも似た悲しみを覚えた。

命が失われたことはもちろん、その裏にある「若さゆえの判断」や「空気に流される集団の心理」が、事故を単なる交通事象にとどまらせないと感じたからだ。


心理学では、若者の衝動性やリスク感知の未熟さが、行動の背景にあることがよく知られている。

特に前頭前野──意思決定や衝動抑制をつかさどる脳の領域──は20代半ばまで発達が続く。

つまり、高校生や20歳前後の若者は、短期的な快楽や一体感を優先しやすく、リスクを軽視してしまう傾向がある。

さらに「集団極性化現象」という心理的傾向も見逃せない。

これは、同じ傾向を持つ集団にいると、意見や行動がより極端になるというもので、「みんなで乗れば怖くない」「他の人もやっているから大丈夫」という空気が、危険な選択を後押ししてしまう。

今回のような事例では、「誰かが止めるべきだった」ではなく、「誰も止められなかった」ことの重さを直視すべきだろう。


では、どうすればよかったのだろうか?

安全装備を厳守すれば? 定員を守れば? 速度を抑えれば?

──それは確かにすべて正しい。

しかし、それらを実行に移すには、「今、これは危ない」と気づき、「空気を破ってでも」止める勇気が必要だ。

その勇気を支えるのは、日頃の教育と環境、そして大人たちの背中である。


私はこうした事故の報道に触れるたび、「これは他人事ではない」と強く思う。

若者の命を守るには、罰則やルールだけでは足りない。

日常の中で「なぜダメなのか」「どう危ないのか」を、自分の言葉で語り、考え、伝えていく必要がある。

「自由」と「無制限」は違う。 選択には責任が伴う。

車に何人で乗るか、どれだけスピードを出すか──その一つひとつが、命に直結するという現実を、社会全体で共有すべきだ。


亡くなった方々のご冥福を心より祈るとともに、遺されたご家族や友人たちの深い喪失感に想いを寄せたい。

そして私たちは、同じ悲劇を繰り返さないために、黙ってはいけない。

「若さは無敵ではない」。

この言葉を胸に、命の尊さをもう一度、深く考えたい。

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