大したことじゃないって、わかってる。
自分でも、そんなに怒ることじゃないし
いつまでも引きずるのも変だって、頭ではわかってる。
でも――心は、なかなか切り替えられなかったりする。
「それくらい、気にしないで」
誰かが軽く言ったそのひとことに、
なんだか妙に傷ついてしまった。
気にしてる自分が、まるで“過敏で面倒な人”みたいに思えて、
余計に、自分の感情を閉じ込めたくなった。
「気にしないで」には、いろんな種類がある
本当にやさしくて、思いやってくれる「気にしないで」もある。
でも時には、相手が“これ以上触れたくない”ときの遮断にもなる。
そんなとき、その言葉は
「その感情、めんどくさい」って言われたように感じてしまう。
わたしがほしかったのは、“共感”だったのかもしれない
「そんなことがあったんだ」
「それはしんどかったね」
たったそれだけで、
心はずいぶん軽くなることがある。
“気にしすぎ”を否定しないで聞いてもらえたら、
「気にしないようにしよう」と、自然に思えることもあるのに。
ことばは、鎮痛剤にも、刃物にもなる
ちょっとした一言が、
“気にしないでいいよ”と背中を撫でてくれることもあれば、
“もうその話やめて”と突き放されるように聞こえることもある。
その違いを分けるのは、言葉の中に含まれている「温度」だと思う。
「それくらい、気にしないで」
それを言う前に、一瞬だけ立ち止まってみてほしい。
もしかしたらその人は、
“ちゃんと気にしてもらえたらうれしい”
そんな気持ちを、必死にこらえていたのかもしれないから。
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